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    第一章 小さな文化の悲劇 その4(29頁-36頁)

     人間には造物主(デミウルゴス)的な渇望があり、それが充足されるのは、魂の昂揚と内的ヴィジョンにおいてか、あるいは歴史の生成への能動的統合においてか、である。大きな文化の加速されたリズムと広汎な呼吸とが、この渇望を満足させるのである。実際、大きな文化の次元は人間的次元をはるかに越えているために、大きな文化は宇宙的な特徴をもつ全体をなしている。大きな文化、それは世界であり、その存在はモナドロジーを正当化する。しかしこのモナドは調和の中で生きることはしないので、それゆえ互いに憎み合うために窓を持たなければならない。文化の創造力(デミウルギア)は、その文化の中で生きている人間の絶対への欲求を自動的に満足させる。歴史の迷信のもとにある者、そして大きな文化の中で生きるという幸運を持つ者は、自分自身のもとにおり、充たされているものとみなされる。歴史の迷信とは、時間の中における栄光の崇拝、文化の始まりにおける生成への情熱のことだ。栄光というオブセッションを持たない国民は、隠されてはいるが、しかし現に活動している生の活力を欠いているのだ。文化の上昇は、無からの創造のようにみえ、純粋に内面的な次元に従った方向性を持っているように思われる。文化のデミウルゴス的種子は、全ての文化において、等しく実を結ぶわけではない。それゆえ、いかなる文化も同じような運命を持つことはないのである。ある文化においては、創造力は純粋に外面的な特徴を持ち、その場合にはその創造力は巨大主義ギガンティスム)と呼ばれる。イギリスのことである。次のように問うことができよう。この国があれほど長く世界を支配しながら、一つの大きな運命ではなかったのはなぜなのか? イギリスが独特で不可解な天才たちを世界にもたらし、そして、もっとも陳腐な経験主義の国に、もっとも繊細な文学を生み出したというのには議論の余地はない――音楽や形而上学においては皆無にもかかわらず。しかしイギリスは自身を超える理念のために戦うことはなかったし、それどころか、イギリスはいかなる信仰のためにも苦しんだことはなかった。利益のオートマティズムによって、全てのものは自身から生まれた。フランスがあれほどの血を必要とした革命、そしてまったく無用な戦争を通して世界において自らを表し、自己意識を持ったのに対して、イギリスの運命は情勢によって作り上げられ、状況の間を蛇行し、直接的に、決定的に、メシア的に確立することはなかった。イギリスは世界を内的に同化しようと欲することなく世界を征服した。大英帝国が新しくもたらしたのは強制と搾取のシステムのみであり、いかなるエートスも、積極的な理念も、無益で普遍的な情熱ももたらさなかった。功利主義はいささかも普遍的理念を持たない。それはメシアニズムの否定である。しかしメシアニズムは悲劇的で、予言的なものであり、ひとつの国の根本的な爆発である。文化の創造力はメシアニズムのアウラを帯びている。だがイギリスの外面的な巨大主義はアウラに欠けている。イギリスの運命は世界の中心を富において定めたのであって、精神的形態のシステムによる支配という情熱にではなかった。この世界を改革するという理念を持たない純粋に外的な世界支配の理念は、普遍主義や国民的予言から生まれたものではない。大きな文化において巨大主義は重要な位置を占めない。拡張的支配、物質的独裁は歴史の出来事から強度を奪い、したがって出来事を弱体化させる。イギリスは大きな文化は何であるべきではないかという見本である。普遍的な意味に対して役に立たない利益など歴史における「しみ」にすぎない。物質的巨大主義はわれわれを冷やす陰である。

     国家間の対立を利用し、敵対者が疲労している間に介入することによって上昇していく国というものには、客観的敬意を払うだけで充分である。大英帝国という名の現代の怪物を創った者たちはコンキスタドールではなかった。イギリスの哲学と経済・政治思想は、その恐ろしさにおいて興味深く、それさえももっともつまらない経験主義に感染していて、そのため、イギリスの「直接的なもの」にうんざりしないためには、そのかわりとして、ゲインズバラあるいはレイノルズの絵画の、デリケートで、ニュアンスに富んだ、天空の雰囲気の中に退却しなければならない。歴史の近代において、イギリスは全ての出来事の中心にあった。しかしイギリスはどれほどそれらの出来事の理想的な方向を規定したであろうか?イギリスの実質には何か不毛なものがある。この国は歴史の栄光ではなく、人間と出来事の重要な一章であって、それが結びついているのは外見によるのであって本質的な目的によるのではない。イギリスには集団的天才が、民族の全体性のダイナミックな神秘主義が欠けている。この島国の独占は、熱狂的な集団的精神の情熱を何も持たなかった。論理的唯名論は実際、ドイツにおいてかつてあったような神秘的色彩を持たない、極端な個人主義に達した。この点に関して、イギリスは偉大であったが、しかし壮大さという理想への方向が欠けているのだ。シェイクスピアはひとつの世界に等しい。けれども彼は、イギリスを――国として、国民的運命として――世界にすることはできなかった。大枠では大きな文化であることを示しているにもかかわらず。議会政治はイギリスの贈り物であるが、この贈り物は何十年も前から世界を混乱させてきた。世界史がイギリスにおいて議論と意見によって現れことができたとしても、人々がイギリス人ほど冷たい血を持たない国々では、議会政治は停滞しかもたらさなかった。議会政治の唯一の利点は、いわゆる国民の代表者たちに、国の運命を人工的に、意識的に変えることができるという幻想を与えることである。結局のところ、議会政治は若干の誇大妄想狂しか作らないし、ましてや英雄を作ることはない。それはまさしく英雄主義の否定なのだ。国の均衡がとれている時期ならともかく、第一歩を踏みだし自己を確立しようとする時期においては、議会的精神は衰弱させるものだ。歴史における緊張は常に独裁的精神の成果であった。自由は思想の源ではあるが行動の源ではない。政治は自身に仕える力しか知らない。力があまりにも大きすぎるときに、力は価値にも仕え始める。力の過剰は自らの緊張において衰弱しないために精神に仕える。古典時代は、政治-力と、自由-精神の間の均衡を保っていた。歴史の生成の流れが固有なリズムを持ち、歴史の非合理的な下部構造によって生じる蓋然性の係数をつねに保つ規則的交代のシステムを持つのに対して、ドラマティズムにいたるまで一面的である他の時代は、対立する価値の間の均衡にとどまることはできない。諸価値は継続する対立において戦い合うか、あるいは互いにゆらゆらと交替しあうかである。

     大きな文化は、自らの絶頂に達した地点を、自らの力のエクスタシーとみなす。その後にデカダンスが始まるだろう。デカダンスにおいて失われた力をわれわれは惜しむが、しかし回顧的な慰めが与えられないわけではない。

     歴史においてギリシア人、ローマ人、あるいはフランス人が意味するものは、間違いなく彼らが実現した価値の固有な世界に負っている。われわれは今日、彼らの各々がいかなる歴史的理念のために戦ったのか、それをどれほど実現し、それはどれほど限られていたのか――それらは他の並行して補足的な多くの使命と共存していたのだから――充分に知っている。けれども、ある文化を限界へと、世界における意味の涸渇へと推進させる、隠されてはいるがしかし現実に稼働している動力というものが何なのかを知りたいと願う者にとっては、使命の理想的形態を知ることはそれほど役に立たない。私は最後のギリシア人・ローマ人・フランス人がその歴史の絶頂で感じたのと同じ激しさでもって一瞬でも生きることができるならば、人生の半分を犠牲にしても構わない。それは神々をも蒼白にさせるほどの誇りであっただろう。革命において野獣性を非人間的な憤怒の中で溢れさせた何らかの一人のフランス人でも、歴史的にそして政治的に、小さな文化の何の意味もない集団よりも重要である。別の言葉でいえば、私は世界大戦におけるドイツ軍兵士の心理を理解したいし、最低位の兵士の中にも全世界に抗して戦うという記念碑的な誇りがあったことを明らかにしたい。普遍的文化が個人の意識に普遍的な輪郭を与えるということを、このことは気づかせてくれるからだ。

     力の内的感覚は、小さな文化、すなわちその核において挫折している文化に属する個人にあっても強化されうる。ただし、それは継続的な個人的訓練を前提としていて、したがってその意味は個人の心理の事実を越えない。大きな文化においては、力の感覚は自動的に意味を勝ち取る。その強化は、文化の運命についての意識の増大のみを前提としている。

     大きな文化において、個人は救われる。それどころか個人はつねに救われている。小さな文化だけが失敗するのだ。そしてその生のリズムは攻撃的な集中とアグレッシヴな躍動(エラン)に欠けているのに、どうやったら小さな文化は失敗しないでいられるというのか? 小さな文化の欠陥は根本的な力の欠如に由来するだけでなく、力に対する連続的で過剰な崇拝の欠如にもよるのである。

     ルーマニアの原初の欠如(マイナーな運命を持つ文化の典型的事例である)は、力への意識的な愛によっては決して修正されなかったし、つぐなわれることもなかった。証拠?世界におけるわれわれの役割を誇張したヴィジョンが、われわれの過去に一つでもあったか? 次のようなことは何度も何度も言われてきた。われわれはラテン性を守ってきた、バルカンにおけるラテン性のオアシス、スラヴ主義に対する防波堤、キリスト教の擁護者、ローマの伝統の保持者、等々。君は理解するだろう。そう、われわれは守ってきたし保ってきた。この運命を何と呼ぼう?大きな国民は自己を確立する自らの傾向において歴史を切り開いてきた。彼らの炎のあとには世界に火の痕跡が残った。というのも大きな文化とは宇宙的規模の攻撃に似ているからだ。しかし小さな文化という退却のあとに何が残るというのだろう?粉末――だが粉といっても火薬の粉ではない、秋の風によって運ばれていってしまう塵芥だ。小さな文化に春を見出そうとしても空しいだけだろう…。

     しかしながら小さな文化が力の崇拝によって無から救われることができるときもある。類いまれな明晰さによって自らのプロセスを組織し、自らの欠点を明らかにし、自らの過去を袋小路だと認め、予言を自らの存在の源泉とするときである。大きな文化と小さな文化の差違は、人口でも法外な出来事の頻度でもなく、精神的運命に、文化を世界において個性的なものとする政治に基づいているのだ。歴史の生成において、千年間も国民的有機体であったような、しかしこの期間に精神的・政治的運命を定めることができなかったような国は、たとえその千年が生物学的内容だけは保持することができたとしても、有機的な欠陥を抱えている。歴史の観点からすると、生物学は、それ自体では何も示さない下部構造である。その場合、力が生物学に根差しているのであれば、大きな文化の目的としての力の意味とは何であろうか?

     歴史における力というものを、生命力の帝国主義としてのみ理解するべきではない。この言葉にもっと広い意味を与えなければならない。力の生物学的源泉は、欠陥のある有機体は歴史的には実現しない、というネガティヴな意味の現象をポジティヴに表現する。

     力は国民の歴史的水準にしたがって増大する。生物学的には若いとしても、国民の欠陥が大きければ大きいほど、その国民は未発達のものとなる。エネルギーは歴史の水準が低まるほど、国民が衰退へと沈んでいくほど低下していく。ローマ帝国や前五世紀のアテナイ、革命のフランス、独裁者の下のドイツ・イタリア・ロシアは歴史の水準の頂点に達し、それらの生成の特定の時期に全面的に現実化した。歴史の水準と相関関係にある力とは確信であり、その本性は生物学的だが精神的でもある。力がもしただ単に生命力の帝国主義であるならば、その場合力は単純なものや非歴史的なものの領域を越えることはないだろう。歴史の水準の限界にあっては、力はそれ自身を反映し、その結果、尊敬に値する国民は自己意識の中で力の自己意識を実現する。大きな文化のメシアニズムは明確になった力の現象なのだ、力の精神化は、蛮族のプリミティヴな帝国主義と、歴史的な帝国主義的理念とを区別する要素である。いかなる蛮族の侵入も、国家の形態を生み出したことはない。様式を持つ侵略のみが歴史の輪郭を帯びるのである。

     大きな国民は、彼らに固有の力を味わうためだけに生き、そして破壊する。もしそうであるならば、力は口実や手段と考えられてはならない。諸国民は、力によって正当化される自己意識を実現するために、自らの内的可能性を消費しつくし、歴史の生成において自らを汲み尽くす。

     ヴラジーミル・ソロヴィヨフは有名な一節の中で次のように言っていた。「国民は国民が考えているところのものではない。神が永遠のうちに国民について考えたところのものだ」。私は神学的観点は人間の歴史をあまり考慮しないと思っている。神に対しては、国民は神を実現するかぎりでしか救われることができない。力の現象に対する固有な理解を神が持たないために、われわれは、われわれにとって特に重要とみえるものを、われわれの思うがままに行うしかない。

     大きな文化の侵略的な運命は倫理の価値全てを超える。もし歴史が善と悪の内部にとどまっていたならば、歴史は平凡な方向へと展開し、歴史を定義している悲劇のかわりに、われわれの対立は親密な光景を呈していただろう。

     今まで誰も道徳的な国民、不道徳的な国民というものについて語ったことはない。そうではなく強い国民と弱い国民、侵略的な国民と寛容な国民がいるだけである。ひとつの国民の絶頂は無限の犯罪を伴う。歴史の終わりのイメージは黙示録的なものである。もし私が合理主義と倫理学に誘惑されるならば、どんな出来事にも堕落を見出さなけばならないだろう。歴史は永遠に対して弁解の余地がない。なぜなら時間というものがあるからだ。結局のところ、おそらくそれが歴史の唯一のエクスキューズなのだろう。ソロヴィヨフは歴史に対してどうしたか?彼は脱走し、神秘主義に赴いたのである。

     大きな文化の上昇と崩壊のスペクタクルは人をシニカルにしかしない。そして、歴史の周辺に身を置くルーマニアがこのスペクタクルに参加することができず、他の文化の上昇と崩壊の反響の一つを構成するにすぎないという無念さが、このシニシズムを増大させるのである。

     もしソロヴィヨフの神学的ヴィジョンが精神的客観性を持っているならば、大きな文化が永久に救われるというのは難しいだろう。しかしそもそも、われわれが時間の中で救われるということがありうるのだろうか?(第一章 了)
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    プロフィール

    せみ

    Author:せみ
    ルーマニア哲学・思想を勉強しています。
    今年(2013年)もルーマニアに滞在する予定です。ご質問・ご要望等がございましたらお気軽に。

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