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    第二章 ルーマニアのアダムの状態 その3(47-51頁)

     実現の唯一の手段として国民(国家)の存在を歴史が前提しているということ、そして歴史の生成が、諸国民間の紛争においてその実体を正当化するということ、このことを喜んで良いのかどうか、私はわからない。いずれにせよ、歴史の多元主義的な構造に対する熱狂は、深みのないヴィジョンの産物だと私は考える。しかし、最終的に、われわれの心を占め、興味を抱かせるのは、われわれを条件付け、歴史的観点から絶対的なものとして国民を表す現実のありようである。たとえ超歴史的観点が、その無意味さをわれわれに見せつけるとしても。

     望もうと望むまいと、聖性を除くすべてのものは、国民(国家)を通して成る。国民がすべてを生み出すのは、何かわからない創造的力によるのではない。われわれの民族の定義不可能なものが、われわれを歴史の生成の流れに統合し、創造の具体的意味を決定するのである。

     国民(国家)からの分離は挫折に導くというのは、つねに確かめられてきた事実である。地上の力と非合理的魅力から身を引き離すほど確かな自分自身の呼吸を可能にする自律、そのようなものを、いかなる精神的人間が獲得したというのか? 歴史において危険に身をさらすということを、われわれ全員が受け入れたからには、歴史の非還元的なもの、運命の偉大さを受け入れなければならないし、情熱と軽蔑の均衡を取って歴史に従わなければならない。

     私は熱狂して人間性を求めたが、見出したのは国民(国家)のみであった。私が国民をよく理解すればするほど、人間性は私から離れ、疑わしく、かすんだように見えた。国民(国家)は人間性の理想的意味の真実性を保証するものではない。なぜならどの国民(国家)も、人間性にとってかわろうと欲するのだから。そして人間性にとってかわろうとしないような国民(国家)は大きなものではない。もしフランスが、国家的なものを世界的なものとして、フランスに特殊なものを人間に普遍的なものとして、欠陥を卓越さとして、不完全さを美徳とみなして実際に行動しなかったのなら、フランスはどうなっていただろうか? フランスはそれ自体として、とりわけ自らにとってあまりにも完全であったので、フランスの歴史はフランスに「歴史」を無視する権利を与えたのだ。どのフランス人にとっても、フランスは世界そのものである。この感情は大きな国民に特徴的なものだ。大きな国民はそれによって、歴史の独占に成功したのである。

     今まで何百という民族が記録されてきた。しかしそのなかで、どれほどが国民(国家)になったのか?民族はただオリジナルな輪郭を持ち、その特殊な価値を普遍的な価値として他者に押しつけるときにのみ国民(国家)となる。ただの民族として生き残ることは、歴史を記録することであり、国民として生きることは、歴史に記録されることだ。ただの民族にとどまった人間の集団は、生物学的水準を、非普遍性から生じた受動的抵抗と受動的価値を超えることはない。民族が自分の輪郭を勝ち取るプロセスは、継続する暴力であり、生物学的噴火、特殊な価値の開花の装飾され、正当化された爆発的噴火である。民族が、伝統を、共通の価値観を持つということだけでは、世界においてその痕跡が残されるであろうということにはならない。民族が運命になろうとし始めるとき、すなわち、豊かになろうとし、破壊をし始めるときに、はじめて民族の条件の無意味さが克服されるのである。かつてフランスが存在し、今日ロシア・ドイツ・そして日本が存在するということは、この運命の要素を、国民国家になろうとする意志を決定的なものにすると私には思える。

     私の誇りと怒りが、この大国の力のたわむれにルーマニアを少しでもはめ込もうとする度に、ルーマニアの過去と現在がそれを排除する。そして受け入れがたく、引き裂かれんばかりに痛ましい周辺性に呪われないためには、過去と現在は別の姿でわれわれに現れなければならない。われわれは歴史の段階とみなすことができる全ての契機を持っているが、しかしそれは絶え間ない忌まわしさを帯びている。ルーマニアは農民と民族芸術と風景(風景だけはわれわれの功績にはならない)のほかにオリジナルなものは何もない。しかし農民とともには歴史の裏口にしか入れないのだ。この国の原始的で、地上的で、単調な雰囲気は恐ろしい。迷信と懐疑との不毛な混合という世襲の呪いではちきれんばかりの国! ルーマニア全体は土の臭いがする。ある人々はこれは健康であると言う。まるでこの言葉が賛辞であるかのようだ! われわれは単なる哀れな民族のほかになることはできないのか? これが問いである。

     ベールイ、この悲しみに満ち、ロシアの未来について悩んだロシアの詩人は、引き裂かれるようなある一つの詩のなかで、私がルーマニアについて深刻に考える度に支配される感情を表現した。「お前は空間のなかで消え去るだろう、おお私のロシアよ!」。われわれを超越する力に飲み込まれるのではないかという恐怖、時間がわれわれを消滅させ、空間がわれわれを押しつぶすのではないかという恐怖。あまりにも遅く生まれたので、自分の存在は失敗に終わるのではないかという……。誰かこの恐怖が妥当ではないと思う者がいるだろうか? 歴史がわれわれを越え、無視していくのではないかという恐怖を持たない者は反ルーマニア主義者である。一方で、ルーマニアの過去と現在をそのまま受け入れる者は裏切り者である。そして、われわれがまだ持たない歴史へ入っていくためにこの国が必要としているものすべてに対する裏切り者であり、そのすべてを認める勇気を持たない裏切り者である。組織された反抗だけが、運命によって衰弱するのをわれわれが望まない国を活性化させ、揺さぶることができる。というのも、ルーマニアは、われわれの考える意味では国家でないことを知るべきであるからである。国民(国家)の見かけを持つこと、ありふれたナショナリズムの条件を満たすこと、平板な定義に一致していることはまったく意味がない。国民は歴史的理念のために戦うことによって自己の存在に妥当性を与える。メシアニズムは、このような理念を実現するための闘争と苦悩にほかならない。歴史を作るという意志は、民族の生物学的な根に由来していなければならず、そのために戦える諸価値を供給することができるように、否応なく血液のなかに巡っていなければならない。非常に多くの民族が存在するにもかかわらず、国民の数はまったく少ないということは、それらの多くが生物学的に使命を感じているとしても、多くの価値のなかで自己を実現することも、その価値を実現することもできないということによって説明される。スペイン人は、メシアニズムの素質をあれほど持っていたのに、文化上のスペイン的理念を創造することもなかったし、一時的にしか成功することができなかった。聖テレサからウナムーノまで、彼らは個人の情熱においては発展し消尽したけれども、征服者となることも、文化の様式を作ることもなかった。残念ながらコンキスタドールは、精神の征服者ではなかったのだ。スペイン人、この並外れた民族は、国民として実現することに成功しなかった。私は、バレスやモンテルランに劣らずスペインを愛しているとはいえ、スペインが歴史の生成の失望の一つであることを認めざるをえない。

     個人の挫折だけでなく、国の挫折も存在する。挫折は、平凡な役割に満足するということ、力強さに欠けた呼吸、ゆっくりとしたリズムに満足するということで表される。私はつねづね、ルーマニアの圧倒的平凡さは、歴史を作るという意志なしでは克服することはできないと考えてきた。そして歴史は、生の新たなエートス・様式・形態なしでは、何の意味も持たないのである。実効的なメシアニズムは、国民の実体において歴史の軸を内面化する。このことが意味するのは、ある国民が自らを不必要な存在であると、それどころか、普遍的な流れにとって無駄な存在であると考えるならば、そのような国民は生きる権利を持っていないし、無用なものでさえあるということだ。ルーマニアの運命に、幾多の夜も徹して苦しんだ一人として、われわれは、自分たちが無用な存在ではないことを示すためにほとんど何もしてこなかった、ということを認めざるをえない。われわれはほんの少しのことで満足し、無用なものであることを誇っている。栄光とは歴史の真のカテゴリーであり、力の光輪(アウラ)であるが、この栄光がわれわれに微笑んでくれたことは一度もなかったように思われる。しかし歴史のなかで歴史のために生き、かつ栄光を知らないというのは、まったくの破滅である。
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    第二章 ルーマニアのアダムの状態 その2(41-47頁)

     ルーマニアというものが、苦痛に満ちた強迫観念でないような人間には、ルーマニアの問題はわからない。大きな使命の感覚を認識できるようになるためには、ルーマニアの過去に向けられる明晰で苦いまなざしが、その最終的な帰結に至るまで徹底されなければならない。われわれの運命の再生が、各人の生命の岐路や悲劇の転機でないような者は絶望的である。今までわれわれは、歴史を作ってきたのではなく、歴史がわれわれを作るのを待っていたということ、われわれの存在を超える力が、われわれを活気づかせるのを待っていたということに、狂気に至るまで苦しまない者はナショナリストではない。ルーマニアを小さな文化、つまり自らの軸のまわりで回転するような勇気を持たない文化の範疇と宿命に閉じ込めようとする、運命的限界に煩悶しない者はナショナリストではない。ルーマニアが大きな文化の歴史的使命、すなわち政治的帝国主義、内的メガロマニア、権力への終わりのない意志といった、大きな国民に特徴的なものを持たなかったということ、このことに果てしなく苦しまない者はナショナリストではない。そしてまた、変容的救済を熱狂的に欲しない者もナショナリストではないのだ。

     ルーマニアは素朴に、非問題的に愛されることはできないし、愛されるのは当然であると認めよと要求することもできない。なぜならルーマニアが愛されるべきかどうかは、それほど明白ではないからだ。われわれの虚無と非連続性の意味、われわれの生の形態の変わりやすさの意味、われわれの歴史的様式の非有機的性質の意味を把握しようと努めた者のなかで、存在のルーマニア的形態への軽蔑や、全面的不信、皮肉な懐疑主義を示さなかった者がどれほどいるというのか! しかし、ルーマニアの全ての奇妙なアイロニーとパラドクスを明晰に判断した後で、ルーマニアに光輪(アウラ)の、使命の、運命の可能性を与えるのをなおも拒否しない者、このような人間の躍動(エラン)においては、予言者的憧憬のしるしがあるのだ。

     本能からルーマニアを愛するというのは大したことではないし、誇れるようなものでもない。しかしルーマニアの運命にまったく絶望した後で愛するならば、それは全てのように私には思える。ルーマニアの運命について決して絶望しなかった者は、この問題の複雑さを何も理解しなかったし、この国の運命のなかへと予言者的に身を投じることもないだろう。世界史に光よりはむしろ影を認識する者、呪われた民族、早熟なデカダンス、致命的な失敗、不可避の無名性が存在することを理解している者――この気むずかしい精神にとって、誕生しつつある民族の内的方向を支持することは、それほど無造作にできるものではないのだ。

     自己自身についての意識を持つものの、成熟した後に遅れて自己意識の水準に達した人間と同様に、存在の大半を生物学的に浪費し、その後に自己を発見する民族もまた存在する。ルーマニアは生物学的には成熟した国であり、精神の次元において、素朴な形態で生きることは許されない。精神的には、これまでルーマニアは決して子供ではなかったし、これからもないだろう。

     われわれの歴史への最初の一歩は、精神の成熟の確立と一致しなければならない。ルーマニアは数百年の間、くすぶっていることができた。なぜなら歴史以下の水準の国は、精神の帝国主義的要求を知らないからである。しかし今やもう時間がない。歴史的変容か、それとも無かだ。

     大半の諸文化は自らの幼年期を持ち、精神の黎明期の形態を知っていて、素朴さの点で偉大さに達している。歴史の水準に到達するためには、精神の成熟へと努力するなかで、われわれの実体の全てとともに爆発する以外の道は残されていない。われわれの存在を個性化するもの全てでもって、民族のまだ無使用の予備力でもって、歴史的段階へと至り、われわれの地平のなかに大きな文化の輪郭を見出そう。あるいは、国民(国家)を確立するという意志を見出そう。精神的生において、今まで生きられなかったもの全てが表現され、実現されなければならず、何百年もの間で使われるべきだった全ての予備力が、力への意志のほうに向かなければならない。われわれの使命は果てしない復讐の行為でなければならない。そして創造へと向かう情熱のなかで、われわれの歴史的眠りが罰せられなければならない。

     ルーマニアはロシアと似た状況にある。19世紀に、ロシアは突如として歴史に参入した。知識人の最初の世代が、ロシアの文化様式をはっきりと際立たせた。そして文化的伝統の明白な連続性をロシアが持たないにもかかわらず、その歴史への飛躍は、諸国民の生の方向と目的を規定することができたために、19世紀全体は、ロシアの使命の問題を議論すること以外何もしなかった。メシア的思想は、ロシアの歴史的眠りからの目覚めを表していた。ロシアの生成における論理学の不在こそ、19世紀のロシアの歴史哲学において、非合理的ヴィジョンを決定したモチーフであった。このようなヴィジョンにおいては、歴史はロゴスの内在性なしでも目的を持つことができる。ロシアのメシアニズムは、ヘーゲルから歴史的ヴィジョンのパトスと偉大な記念碑性を受け継いだが、弁証法的理性主義は受け容れなかった。実際、全ての巨大なメシアニズムの特徴は、ダイナミックなヴィジョンと、理性主義的観点を持たない目的論なのである。

     ロシアの奇怪さ(アノマリー)は、比較できないほど減退した次元でだが、われわれのものでもある。しかしわれわれにおいては、ルーマニアの使命という問題、すなわちルーマニアの本質に対する究極的義務の問題は、第一次大戦後、とりわけ近年において、喫緊のものとなった。生きるに値しない使命しか持たない民族には何の意味もない。ルーマニアにメシア的憧憬が存在することは疑いないが、しかしこの使命の内容は、公衆の意識において決定されていない。神話は種子においてのみ存在する。民族が内的拡大の感情を生きるためには、この神話を意識にもたらさなければならないし、この使命の意味を明確に示さなければならない。ただし、この使命において、われわれは、自らの誇りを大きく投影しなければならない。そしてその大きさは、いかなるものも比肩しえないような規模でなければならないし、そのようなヴィジョンが神秘的雰囲気を纏っているほどでなければならない。神秘主義を持たないメシアニズムは空虚で無用なものである。

     ルーマニア人が、最後の一人に至るまで、ルーマニアの条件の特殊性と唯一性を認識したときにのみ、ルーマニアは世界で意味を持つことができる。われわれの政治的生は今までどれほどの神話を生み出してきたというのか? 陳腐か、そうでなければ空虚な抽象があっただけだ。ルーマニアの民主主義は市民意識すら作らなかった。ルーマニアは狂信に至るまでの熱狂を必要としている。狂信的なルーマニアこそ変容したルーマニアである。ルーマニアの熱狂化こそルーマニアの変容である。

     国民の神話は、その国民にとっては、生きている真理である。この真理は、「真理」と一致している必要はない。事実は重要ではないのだ。自己批判を拒絶することこそ、自らの欠陥を通して生命力を増大させることこそ、国民(国家)の自身に対する最高の誠実さである。国民(国家)が真理を求めるであろうか? 国民が求めるのはである。

     ルーマニアの使命は、われわれルーマニア人にとって世界史よりも重要である。たとえルーマニアの過去が歴史なしの時間であったことを、われわれが知っているとしても。

     使命の意識を燃やさない人間は排除されなければならない。予言者的精神なしでは、生は無用な戯れである。ルーマニアが、その内的使命の炎のなかで消尽するときにおいてのみ、ルーマニアは人に悲しみを抱かせる(întristătoare)存在であることをやめるだろう。こう言うのも、ロシアが神聖にして悲しい(tristă)と呼ばれるならば、ルーマニアは、今まで生の不安定さのなかで揺れ動いて来たという理由で、悲しみを抱かせる(întristătoare)という以外言うことはできないだろうから。ルーマニアの悲哀が終わるのは、ルーマニアの厳粛な刻限(ceasul solemn)*1が到来するときのみだ。しかし国民の「厳粛な刻限」とは何を意味するのであろうか?

     国民が、自らの存在の方向と流れを変化させるということへの意識を持つとき、そして変化という岐路において、国民が、歴史の大きなリズムの中に自らを結びつけるという意味で、潜在性の全てを現実化するということを理解するとき、国民は本質的瞬間あるいはその絶頂に近づくのである。

     もしルーマニアがこの厳粛な刻限を目指さないのならば、もしこの国が、屈辱の過去と妥協の現在において起こったこと全てに対する復讐を、運命を実現し決定するという意志のもとで行わないのならば、全ては終わりである。影の中で生き、影の中で死ぬだろう! しかしもし、いわばその地下の力、存在することが疑いえない力が、まったく違うルーマニアを生み出すとしたらどうだろう? まったく違った内実を持ち、まったく違った輪郭を持つルーマニアを? もしそうならば、過去においてわれわれの幻想の透明さのなかでさえもわれわれには明らかにならなかった運命、その運命の輝きを期待するのも当然ではないだろうか?

     ルーマニアの生命力は、必ずやその表現を見つけ出すに違いない。なぜならわれわれは、真の変容を爆発の中で体験しないわけがないほどまでに、過去と現在において自己自身を卑しめてきたのだから。ルーマニアについて語るとき、われわれはつねにペシミストだった。しかし、われわれの歴史と運命の取り返しのつかないものを克服することができるほどには、生は十分に非合理的であると私は思う。ルーマニアの変容の可能性が幻想であると私がもし確信するならば、そのときから、私にとってルーマニアの問題は存在しないだろう。われわれの政治的・精神的使命は、変容への張りつめられた意志に、われわれの生の様式全体の変容への、劇的で憤った感情に帰着する。歴史は飛躍しない、という古来の知恵がもし正しいとしたら、われわれは全員即刻自殺しなければならない。予言者的本能、熱気、情熱は全ての者から学ぶことができるが、賢者からのみ不可能なのだ。われわれの存在は、飛躍による以外には、決定的で本質的な飛躍による以外には、意味を与えられることはできないのである。

     変容への強い意志はわれわれのもとには決して存在しなかったし、われわれの運命と条件に関する不満は、懐疑的態度のような形態を越えることはなかった。懐疑主義は、変容の過程の階梯における最初の段階であり、それはわれわれの運命についての意識をうながす最初の契機である。懐疑主義によってわれわれは、自分自身の外に出ることができる。それはわれわれの力を測定し、位置を定めるためである。われわれの皮相さは、この最初の形態を越えることができなかったということに、自らを自らの惰性の傍観者として定めたことに、アイロニカルに断末魔を楽しんだということに由来する。ルーマニア人は自らの与えられた状況を嘲笑し、容易で不毛な自己アイロニーの中で自らを消し去る。われわれの運命の状態において、ドラマティックなものの不在はつねに私を激昂させ、はなはだしい無関心、外面的なまなざしは私を苦しめた。もしわれわれルーマニア人全員が一斉に、自らの悲惨の強烈さに苦しむのなら、そして世界におけるわれわれの無意味さに、徹底的に絶望するのなら、絶頂でのみ起こる大きな精神的(道徳的)改宗によって、われわれが歴史の入口を通り抜けることもできるかもしれない。できないと誰が知っていると言うのか? ルーマニア人が今までポジティヴにも、創造者にもならなかった理由は、自己超越と自己否定のプロセスにおいて最初の段階しか登らなかった、ということにある。生が炎に、われわれの躍動(エラン)が無限の振動に、われわれの全ての廃墟が単なる思い出になるまでに、われわれの情熱が、発狂的なほどまでに激化される必要がある。われわれは全員、現実を厳粛に考えなければならないだろう。その現実とは、ルーマニアは予言者なき国であること、すなわち存在としての、生きた直接的現実としての未来を誰も生きなかった国、誰も使命の強迫観念に震えない国であるということだ。そしてまた、この厳粛な思考の中で、別様に存在することを誓わなければならないし、盲目の狂信の中で燃え上がらなければならないし、異なるヴィジョンの中で発奮し、異なるルーマニアという考えがわれわれの唯一の思考でなければならないだろう。われわれの歴史の系列の結果を継続することは、緩慢な自殺によって破滅するというのと何も変わらない。私は政治的形態の変化だけについて語っているのではなく、われわれの生の土台の変容についても語っているのだ。われわれの明晰性を放棄するべきである。その明晰性こそわれわれに不可能性を見せつけ、われわれを光から遠ざけるのだから。われわれは盲人のように光を征服しなければならない。

    *1 おそらくリルケの詩「厳粛な刻限」(Ernste Stunde)を念頭に置いていると思われる。

    第二章 ルーマニアのアダムの状態 その1(37-41頁)

     おお神よ!千年間貴方はいったい何をしていたのか?百年前からのわれわれルーマニア人の生は、われわれは何もしてこなかったということを認識するプロセス以外の何ものでもない。他の場所で成功した者との比較は、われわれの過去に固有な無と、われわれの文化の非存在を明らかにした。オルテガ・イ・ガセットは、スペインはその始原から継続するデカダンスを生きていると考えているが、ならばルーマニアについては何を言うことができるというのか。この国は他の国が滅亡しはじめた時に生まれたのだ。千年間というもの、歴史はわれわれの上で行われた。歴史以下の千年。われわれに意識が生まれたとき、無意識のうちに行われていた創造のプロセスを意識するようになったのではなく、数世紀にわたる精神的不毛を認識したのだった。大きな文化が人間を無からの創造に直面させるのに対して、小さな文化は、人間を文化のに直面させる。歴史的観点からすると、われわれは千年を失い、生物学的観点からは、われわれは何も勝ち取らなかった。あれほど長い植物状態にあっては、民族の生命的実質は使い果たされることはなかったとしても、強まったり活発になることはまったくなかった。ルーマニアの過去が私を得意げにすることは決してないし、自由を待つと言いながら、あれほど長く惰眠を貪ることができたプライドに欠ける私の祖先に、鼻を高くすることもない。ルーマニアは、ルーマニアを始めるかぎりにおいて意味を持つ。われわれがルーマニアにおいて再生するために、ルーマニアを内的に創造しなければならない。この国の創造こそ、われわれにとって唯一のオブセッションであるべきである。

     ルーマニアにおいて予言者の役割を演じることを欲する者、またそうすることを定められている者は、次のことを確信しなければならない。それは、この国にあっては、いかなる行動・活動・態度も絶対的な始まりであること、連続性も再開も方針も命令も存在しないということである。行わなければいけないことに対しては、誰もわれわれに先行せず、誰もわれわれを追い立てず、誰も助けてくれない。他の民族は自分自身の始まりを素朴に、意識的に、非反省的に生き、感知できないプロセスを通して、自然に発展し、自分でも分からず滑走していき、物質の眠りから歴史的生に目覚めた。われわれは反対に、始めるということを、そして生の始まりの明晰性と文化の黎明の反省的で生きた意識を持たなければならないということを知っているし、また知るべきである。

     われわれの生への目覚めは観点の拡大と一致している。この拡大を他の民族はその黄昏のなかで知るのである。
     このパラドクスは、他の民族が死なんとするとき生まれる民族に、また死なんとする民族が、闇に負かされないために眼を大きく見開くそのときに、かすかに光を垣間見る眼を持つ民族に定められている。われわれの脆い生に方向を与えるために、強固な意識を持つことがないならば、われわれは決して歴史を作ることはないだろう。われわれの「歴史」の奇妙なパラドクスを利用しないのならば、われわれは終わりである。

     ルーマニア人のうちの誰もがアダムの状態(Adamism)にある。あるいは、われわれの状況はアダムより惨めであるかもしれない。なぜなら、われわれは、失ったものを焦がれるようなものを何も持ってはいないのだから。全てが、まったく全てが始められなければならない。われわれがやるべきことは未来に関するもの以外ない。文化におけるアダムの状態(Adamism)とは、いかなる精神的・歴史的・社会的生の問題も、最初のものとして生じるということ、われわれの体験するもの全ては、新しい価値の世界のなかで、他と比較できない秩序と様式のなかで決定されるということを意味する。ルーマニア文化はアダムの文化である。というのも、ルーマニアおいて生まれる全てのものは先例を持たないからだ(これは軽蔑的な意味においてだ)。各々がアダムの運命を再演するのである。ただし違いがあるとすれば、アダムは楽園から追い払われたのに対して、われわれは長大な歴史的眠りのなかから追い払われるのだ。

     アダムの状態は、予言者的な躍動(エラン)に欠け、戦闘的本能も個人の実現への意志も持たない虚弱な魂だけを麻痺させる。忌まわしいことは、アダムの状態が危機や懐疑を引き起こす可能性があるということではなく、その前に棒立ちになることである。

     無に等しい文化の悲劇を、積極的熱狂でもって耐えるべきであり、自らの力によって過去の空虚を攻撃するべきであり、イニシアティヴをとって、われわれの歴史的眠りのうちでくすぶったもの全てを把握しようと努めるべきである。われわれの誇りは、全てが行わなければならないということ、各々がわれわれの歴史の神になることができるということ、従わざるをえない道など存在しないということで、満足するべきである。各々の存在が、ルーマニアの基礎における一つの要素をなさなければならない。これこそわれわれの使命である。ルーマニアにおいて予言でないもの全ては、ルーマニアに対する裏切りを企てているのだ。

     ルーマニア人全員の頭に入れなければならないのは、他人の予言ではなく、われわれの予言的存在が問題なのだ、ということだ。われわれの使命の必要性と意味について、今こそ徹底的に確信するときではないのか? ルーマニアにおける全てのものの基礎を作らないのなら、もはやどうにもなるまい。今までのルーマニアのナショナリズム(民族主義)はポジティブなものではなく、パトリオティズム(祖国愛)であった……すなわちセンチメンタリズムだ。ダイナミックな方向付けもなく、メシアニズムもなく、実現しようという意志もなかった。

     われわれの存在の条件を、諸時代の苛酷な状況ということでいくら慰めようとしても無駄だ。蛮族の侵入、トルコやハンガリーの占領、ファナリオット(ギリシア人高官)の支配……どれも成功しないだろう。歴史とは説明であって言い訳ではない。われわれの祖先が自由のためにまったく血を流さなかったということは、彼らはわれわれを十分に愛してはいなかったということだ。われわれはちょっとした反乱の国である。しかし自由の本能を持つ民族は、奴隷になるより自殺を好むに違いない。世界のなかへと道を切り開く民族にとっては、全ての手段は正当化されている。テロ・犯罪・蛮行・狡猾さは、ただデカダンスのなかでのみ、下劣や非道徳になるのであり、デカダンスは内容の空虚さをそれらの行為によって埋めようとするのである。しかしもし上昇を助けるのならば、それらの行為は徳になる。全ての勝利は道徳的である。

     ルーマニアの救済は、ルーマニアの潜在性と可能性にある。われわれの過去が支えになるというのは錯覚にすぎない。われわれは過去を捏造するほど卑怯であってはならないのだ。私はルーマニアの歴史を暗い憎しみでもって愛している。

     われわれの過去を悲しみで満たす屈辱、その全てをわれわれのうちの各人が、嵐のような痛ましい情熱でもって生きないのならば、歴史の光輪(アウラ)でルーマニアに栄光を授けることはできない。われわれの過去の惨劇と悲劇に各人が主体的に立ち返らなければ、この民族の未来の変容は失われる。なぜなら、そうなってはこの民族自体がもう終わりだからである。暗闇に、恐怖に、農奴制によって、何百年にも渡って迫害されてきた民族の地下にうごめく存在について考えた後で、安らかに眠ることができる人間がいるというのは、私には理解できない。トランシルヴァニアについて考えるとき、私の前に現れてくるのは、無言の苦しみの、誰にも知られない抑圧の悲劇の、歴史なしの時代の絵画的イメージである。歴史-以下の単調さのなかでの千年、一瞬の途方もない増大としての千年! 何百年経っても変わらない、同じ迫害の光景が私を戦慄させる。ただ一つのモチーフしかない悲劇が私を恐怖させるのだ。他の地方においても、同様に自由が欠けている。ただ歴史的背景のバリエーションが、歴史が動いているという錯覚を与えるだけなのだ。

     悲しみに沈んでいるとき、私はルーマニア民族の昔の時代を辿り悲しみを強めるのが、民族の苦しみのなかで自分を苦しめるのが好きだ。この民族に何百年に渡って投げつけられてきた呪いを、私は愛している。そして影の中であげられた、悲嘆と諦念とうめき声の全てが私をぞっとさせる。

     君が我々の過去を聞くとき、君のなかでルーマニア民族が体験したもの全てが、東方の長い単調な音楽に、憂鬱な沈滞に変容する瞬間を君は感じなかったか。受けた屈辱の全てが、時として毒のように君を焼かなかったか、そして、何百年もの間積み重ねられてきた復讐の欲求の全てが君のなかで爆発しなかったか。
    プロフィール

    せみ

    Author:せみ
    ルーマニア哲学・思想を勉強しています。
    今年(2013年)もルーマニアに滞在する予定です。ご質問・ご要望等がございましたらお気軽に。

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