スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    第二章 ルーマニアのアダムの状態 その3(47-51頁)

     実現の唯一の手段として国民(国家)の存在を歴史が前提しているということ、そして歴史の生成が、諸国民間の紛争においてその実体を正当化するということ、このことを喜んで良いのかどうか、私はわからない。いずれにせよ、歴史の多元主義的な構造に対する熱狂は、深みのないヴィジョンの産物だと私は考える。しかし、最終的に、われわれの心を占め、興味を抱かせるのは、われわれを条件付け、歴史的観点から絶対的なものとして国民を表す現実のありようである。たとえ超歴史的観点が、その無意味さをわれわれに見せつけるとしても。

     望もうと望むまいと、聖性を除くすべてのものは、国民(国家)を通して成る。国民がすべてを生み出すのは、何かわからない創造的力によるのではない。われわれの民族の定義不可能なものが、われわれを歴史の生成の流れに統合し、創造の具体的意味を決定するのである。

     国民(国家)からの分離は挫折に導くというのは、つねに確かめられてきた事実である。地上の力と非合理的魅力から身を引き離すほど確かな自分自身の呼吸を可能にする自律、そのようなものを、いかなる精神的人間が獲得したというのか? 歴史において危険に身をさらすということを、われわれ全員が受け入れたからには、歴史の非還元的なもの、運命の偉大さを受け入れなければならないし、情熱と軽蔑の均衡を取って歴史に従わなければならない。

     私は熱狂して人間性を求めたが、見出したのは国民(国家)のみであった。私が国民をよく理解すればするほど、人間性は私から離れ、疑わしく、かすんだように見えた。国民(国家)は人間性の理想的意味の真実性を保証するものではない。なぜならどの国民(国家)も、人間性にとってかわろうと欲するのだから。そして人間性にとってかわろうとしないような国民(国家)は大きなものではない。もしフランスが、国家的なものを世界的なものとして、フランスに特殊なものを人間に普遍的なものとして、欠陥を卓越さとして、不完全さを美徳とみなして実際に行動しなかったのなら、フランスはどうなっていただろうか? フランスはそれ自体として、とりわけ自らにとってあまりにも完全であったので、フランスの歴史はフランスに「歴史」を無視する権利を与えたのだ。どのフランス人にとっても、フランスは世界そのものである。この感情は大きな国民に特徴的なものだ。大きな国民はそれによって、歴史の独占に成功したのである。

     今まで何百という民族が記録されてきた。しかしそのなかで、どれほどが国民(国家)になったのか?民族はただオリジナルな輪郭を持ち、その特殊な価値を普遍的な価値として他者に押しつけるときにのみ国民(国家)となる。ただの民族として生き残ることは、歴史を記録することであり、国民として生きることは、歴史に記録されることだ。ただの民族にとどまった人間の集団は、生物学的水準を、非普遍性から生じた受動的抵抗と受動的価値を超えることはない。民族が自分の輪郭を勝ち取るプロセスは、継続する暴力であり、生物学的噴火、特殊な価値の開花の装飾され、正当化された爆発的噴火である。民族が、伝統を、共通の価値観を持つということだけでは、世界においてその痕跡が残されるであろうということにはならない。民族が運命になろうとし始めるとき、すなわち、豊かになろうとし、破壊をし始めるときに、はじめて民族の条件の無意味さが克服されるのである。かつてフランスが存在し、今日ロシア・ドイツ・そして日本が存在するということは、この運命の要素を、国民国家になろうとする意志を決定的なものにすると私には思える。

     私の誇りと怒りが、この大国の力のたわむれにルーマニアを少しでもはめ込もうとする度に、ルーマニアの過去と現在がそれを排除する。そして受け入れがたく、引き裂かれんばかりに痛ましい周辺性に呪われないためには、過去と現在は別の姿でわれわれに現れなければならない。われわれは歴史の段階とみなすことができる全ての契機を持っているが、しかしそれは絶え間ない忌まわしさを帯びている。ルーマニアは農民と民族芸術と風景(風景だけはわれわれの功績にはならない)のほかにオリジナルなものは何もない。しかし農民とともには歴史の裏口にしか入れないのだ。この国の原始的で、地上的で、単調な雰囲気は恐ろしい。迷信と懐疑との不毛な混合という世襲の呪いではちきれんばかりの国! ルーマニア全体は土の臭いがする。ある人々はこれは健康であると言う。まるでこの言葉が賛辞であるかのようだ! われわれは単なる哀れな民族のほかになることはできないのか? これが問いである。

     ベールイ、この悲しみに満ち、ロシアの未来について悩んだロシアの詩人は、引き裂かれるようなある一つの詩のなかで、私がルーマニアについて深刻に考える度に支配される感情を表現した。「お前は空間のなかで消え去るだろう、おお私のロシアよ!」。われわれを超越する力に飲み込まれるのではないかという恐怖、時間がわれわれを消滅させ、空間がわれわれを押しつぶすのではないかという恐怖。あまりにも遅く生まれたので、自分の存在は失敗に終わるのではないかという……。誰かこの恐怖が妥当ではないと思う者がいるだろうか? 歴史がわれわれを越え、無視していくのではないかという恐怖を持たない者は反ルーマニア主義者である。一方で、ルーマニアの過去と現在をそのまま受け入れる者は裏切り者である。そして、われわれがまだ持たない歴史へ入っていくためにこの国が必要としているものすべてに対する裏切り者であり、そのすべてを認める勇気を持たない裏切り者である。組織された反抗だけが、運命によって衰弱するのをわれわれが望まない国を活性化させ、揺さぶることができる。というのも、ルーマニアは、われわれの考える意味では国家でないことを知るべきであるからである。国民(国家)の見かけを持つこと、ありふれたナショナリズムの条件を満たすこと、平板な定義に一致していることはまったく意味がない。国民は歴史的理念のために戦うことによって自己の存在に妥当性を与える。メシアニズムは、このような理念を実現するための闘争と苦悩にほかならない。歴史を作るという意志は、民族の生物学的な根に由来していなければならず、そのために戦える諸価値を供給することができるように、否応なく血液のなかに巡っていなければならない。非常に多くの民族が存在するにもかかわらず、国民の数はまったく少ないということは、それらの多くが生物学的に使命を感じているとしても、多くの価値のなかで自己を実現することも、その価値を実現することもできないということによって説明される。スペイン人は、メシアニズムの素質をあれほど持っていたのに、文化上のスペイン的理念を創造することもなかったし、一時的にしか成功することができなかった。聖テレサからウナムーノまで、彼らは個人の情熱においては発展し消尽したけれども、征服者となることも、文化の様式を作ることもなかった。残念ながらコンキスタドールは、精神の征服者ではなかったのだ。スペイン人、この並外れた民族は、国民として実現することに成功しなかった。私は、バレスやモンテルランに劣らずスペインを愛しているとはいえ、スペインが歴史の生成の失望の一つであることを認めざるをえない。

     個人の挫折だけでなく、国の挫折も存在する。挫折は、平凡な役割に満足するということ、力強さに欠けた呼吸、ゆっくりとしたリズムに満足するということで表される。私はつねづね、ルーマニアの圧倒的平凡さは、歴史を作るという意志なしでは克服することはできないと考えてきた。そして歴史は、生の新たなエートス・様式・形態なしでは、何の意味も持たないのである。実効的なメシアニズムは、国民の実体において歴史の軸を内面化する。このことが意味するのは、ある国民が自らを不必要な存在であると、それどころか、普遍的な流れにとって無駄な存在であると考えるならば、そのような国民は生きる権利を持っていないし、無用なものでさえあるということだ。ルーマニアの運命に、幾多の夜も徹して苦しんだ一人として、われわれは、自分たちが無用な存在ではないことを示すためにほとんど何もしてこなかった、ということを認めざるをえない。われわれはほんの少しのことで満足し、無用なものであることを誇っている。栄光とは歴史の真のカテゴリーであり、力の光輪(アウラ)であるが、この栄光がわれわれに微笑んでくれたことは一度もなかったように思われる。しかし歴史のなかで歴史のために生き、かつ栄光を知らないというのは、まったくの破滅である。
    スポンサーサイト

    コメントの投稿

    非公開コメント

    プロフィール

    せみ

    Author:せみ
    ルーマニア哲学・思想を勉強しています。
    今年(2013年)もルーマニアに滞在する予定です。ご質問・ご要望等がございましたらお気軽に。

    最新記事
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    カテゴリ
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。