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    第三章 ルーマニアの心理的・歴史的空虚 その1(56-60頁)

     もし、ルーマニア人の精神的潜在力が、過去に現れた規模を越えないということ、そして、ルーマニア精神の隠された相貌に、光が当たらないということが明らかになるとすれば、明日のルーマニアの基礎を築こうとする試みは、いかなるものでも無益であることだろう。国というものは外から生まれ育つのではなく、内的な条件から発育する。この内的条件は、たしかに形式的な枠組みに従うとはいえ、固有の心理的制約が個性を刻印している。ある国の生成の意味(目的)は、それぞれの民族の心理のうちに根拠を持っているのである! そしてもし民族の運命の社会的形態と客観的具体化が、心理的に説明されえないとしても、運命の空虚、不完全、否定的側面を理解することはできるだろう。

     ルーマニア人の精神構造のなかに本質的な欠陥が存在する。その欠陥は根源的空虚であり、われわれの過去の失敗の連続はこの空虚に由来する。民族は長いプロセスを経て自分自身を発見するがゆえに、ルーマニアの発端において「陶冶された精神」は存在せず、存在するのは素質や潜在力のみであり、その全体において運命と革命の意味が示されるのである。ルーマニア民族の心理的潜在性のなかに、本質的欠陥を形作るような、不適合性、不一致性が原初から存在するに違いない。あれほど多くの民族に、種子の状態で自発性が、その始まりにおいて活発な輝きが、衝動的爆発が存在したのに対して、生のルーマニア的形態は根源的ダイナミズムの欠如を示している。

     ルーマニアの原罪が存在する。その性質は定義不可能だが、過去の全ての空虚のなかに確認することができる。この原初的欠陥の克服こそが、世界へのわれわれの登場の条件であるゆえに、緊急の必要に思えるのは歴史的飛躍である。ルーマニアの根源的精神におけるポジティヴで創造的なものが、どのような障害に出会うとしても、われわれを前進させてくれる。今まで現実化したものすべてはダイナミックな衝動のゆえであるが、しかし残念ながら、その衝動は、われわれの前提条件のなかに書き込まれた否定性に対してはほとんど無力であり、そしてこの否定性が、われわれを千年間歴史的に眠るままにしておいたのである。

     ルーマニア民族の現在の欠陥は、その「歴史」の産物ではない。そうではなく、その歴史が心理的構造の欠陥の産物なのである。歴史的条件の特殊さと重大さは、原初的素質を強めただけであり、われわれの非-歴史性を明らかにしただけである。われわれの通り過ぎた「過酷」な時代は、われわれが十分に強くなかったがゆえに、それに打ち克つことができなかったゆえに、そのように「過酷」であったのである。もしわれわれのなかに、個性を持たせるような、必ず自己を顕示する傾向があったならば、われわれはかつての過酷な時代に打ち克っていただろう、大きな民族が行ってきたように。大きいというのは、運命としてであって、数の問題ではない。たしかに民族が重要なものになるのは数によってである。だがより重要なものになるのは、その攻撃的な力による。人口の問題は、その減少が民族の生物学的欠陥のせいである場合には、悲劇的になる。それゆえ、人口は少ないが成長しつつある若い民族は、人口は多いがしかし衰退している民族よりも、創造的で恐るべきものである。戦闘的・軍事的本能は、数量的現実よりも、はっきりと民族を歴史的に形成させる。プロイセンは、もしドイツの他のすべてから引き離されたとしても、つねに独立した国家をなすことができ、その少ない人口にもかかわらず、ドイツと同じくらい恐るべき国である。プロイセンのみでドイツの残りすべてに匹敵する。このことにより、なぜヒトラー主義を通して、プロイセンがその様式を全ドイツに押しつけることができたのかがわかる。どの政治的形態においても、ドイツはつねにプロイセン化されるだろう。

     人類が平伏する唯一の祭壇は力である。われわれルーマニア人もこの祭壇に向かって平伏してきた。しかしただ、われわれ自身を侮辱するために、そして他者の力を賞賛するために、そうしてきたのだった。

     ルーマニア人はつねに生ぬるすぎた。極端と決定的解決を嫌うことで、ルーマニア人は物事の流れに対して、個性を持つ民族に特徴的な反応を示すのではなく、出来事に振り回され続け、その結果、すべてはルーマニア人を通り越して成し遂げられた。われわれの均衡は調和ではなく、欠陥を表している。その均衡の範囲は潜在的な内面の葛藤すら及んでおらず、均衡に達しているのは、非現実的な精神の苦い静けさだけである。結局のところ、均衡は、大きな文化の古典的な時代、つまり様式の完全さと内的完成の中で大きな文化が生まれる時代においてでしか、意味を持たないのだ。文化の小さな形態においては、均衡は無意味で、いかがわしいものである。民族が世界へと道を切り開いていくのは均衡によってではない。歴史は永遠の、苦悶の探求――それは悲劇に似ていて、決して手探りといったようなものではない――によって作られる。民族はエネルギーだけでなく、その本質や存在も危険にさらすべきである。民族が自己を実現せずにその存在に対して罪を犯すことは、人間の未完成と同様、段階的な自殺にほかならない。

     ルーマニア人はルーマニアの上方に現れる太陽のことを考えるべきであったし、具体的な行為によって光に返答すべきであった。激動の歴史は至高の存在に対する民族の感謝である。世界は神の存在を正当化するものではない。しかし歴史は人間の存在を正当化する。

     ルーマニアにおける民族的特徴とは何か、何がルーマニアを千年間静止にとどめたのかを探求しようではないか。われわれの民族的特性に結びついた馬鹿げたプライドと一緒に、その特徴を一掃することを可能にするために。

     ……ルーマニアの農民を眺めるたびに、私は彼らの皺のなかに、われわれの過去の痛ましい空虚の証拠を見出して喜んだものだ。ヨーロッパにおいて、これほど悲しげで、土の色をした、打ち負かされた農民を私は知らない。私は想像する、この農民は、生への激しい渇きを持っていないために、顔の上に屈辱のすべてが刻みこまれ、皺のくぼみのなかに敗北のすべてが注ぎこまれているのだと。どれほど生の力があったとしても、生物的若々しさの印象はまったくないだろう。地下的存在というのが彼らの本性であり、その曲がった腰でゆっくりと歩く姿は、われわれの運命の影の象徴である。われわれは谷と山と低地からでてきた民族である。われわれは空を陰から眺め、暗闇のなかでまっすぐ立ったままでいた。われわれは千年間涼をとってきた。それゆえ熱だけがわれわれを救うことができる……。

     いつルーマニアの農民は頭を上にあげるだろうか? われわれは生まれたときから下を向いてきたのだ。ルーマニアの特性についての批判は、理論的根拠だけでなく、実践的根拠をも持つ。この国の内的存在についての有効な資料が比較的少ないので、その内的存在を明らかにする外的要素のすべてを利用しなければならない。フランスの、ドイツの、そしてロシアの農民の特徴においては、その国の歴史に対応した特徴を表現している。だがフランス・ドイツ・ロシアは、世界を盲目にいたるまで目をくらませ、その上われわれのような民族ではなかったために、これらの国について語るとき、われわれはたやすくその農民のことを忘れることができるのである。

     どの民族も、決して単なる民族的文化の実現ではなく、「歴史的」文化の実現を目指すべきである。民族的要素は同化されるか、無視されるかである。目的を考えることは、文化の上昇する歩みの失敗を意味する。

     民族的文化しか創造しなかった民族は、歴史の段階に達することはなかった。もしどの民族的文化もエスニックなものを価値であるとみなしたならば、どうやってその段階に達するというのだろう。民族的文化は、その精神の深い根から生まれ、かつその根と密接に結ばれている創造物の総体である。それに対して、精神の反省的努力は、歴史的文化に、世界へと自力で飛び立つ価値を与える。民族的文化は、神話という歴史の前兆のなかで呼吸している。それは生成を実体的に考え、したがって永遠性に重要な位置を与え、歴史を考慮に入れない。民族的文化は進歩を知らない、知っているのは変化だけである。しかも本当のところ、この変化は偽りのものなのだ。民族的文化は、根源的なもの――それはある民族の黎明期の地上的要素の総体である――以外の価値を持たないということによって、民族的文化は原始的であり、反動的である。つまり自己自身にとどまっている。歴史的飛躍の目的は、自身を自らの呪いから解放するということである。誰かがルーマニアをルーマニアそれ自身から引っぱり出すのだろうか? いつルーマニアは自己自身から脱出するのだろうか?

     この地上における幸福な民族は、一種の噴出であり、したがってそれらの運命は無意識的に垂直のイメージを生み出す。ゴシックは、上昇の、目がくらむような飛躍の、超越的生成の方向へと向けられた様式である。文化の個性は精神のゴシック的要素に従って決定される。その優勢が個性の強さを特徴づけている。文化の飛躍は、ゴシック的パトスが内的に存在していることを表している。というのも、ゴシックは精神の垂直的方向だからである。悲劇的なもの、崇高なもの、そして違う世界への情熱としての現世の放棄はゴシック的なものに由来する。ゴシック的なものが欠けていると、人は静かに、そして微温的に、時間の獲物として食べられながら生成に同化する。水平的横滑りとしての運命は、ゴシック的なものの否定であり、ゴシックから生まれた生の複雑さの否定である。ルーマニア民族は、ゴシック的精神の下で生きたことはなかった。ではその精神とはなんなのか? それは受動性、懐疑主義、自己軽蔑、浅薄な観照、卑小な宗教性、非-歴史性、知恵であって、これらはわれわれの国の特徴の否定的な側面を構成していたが、残念ながら、側面どころか主要な面なのである。このようにわれわれは千年間生きてきたのであり、この後の何千年間ももはやこのように生きるべきではないのだ。
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    プロフィール

    せみ

    Author:せみ
    ルーマニア哲学・思想を勉強しています。
    今年(2013年)もルーマニアに滞在する予定です。ご質問・ご要望等がございましたらお気軽に。

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