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    ルーマニア語版『涙と聖者』訳 その1(5頁-17頁)

    どのプロジェクトも立ち上げただけで放置するという怠惰ぶりを晒していますが、また新しく始めます。すみません。『ルーマニアの変容』の続きをやろうかと思いましたけれども現在手元にないもので…。

    今回は『涙と聖者』になります。この本は1937年にルーマニア語で書かれ、その仏訳版が86年に出ましたが、この仏訳版は50年後のシオランの手によって徹底的に削除・リライトされ、ルーマニア語原著版とはほとんど別物になっています。邦訳書も仏訳を基にしていますので、残念ながら元の『涙と聖者』の全容を日本語で把握することは難しい状況です。

    という理由で(?)、実力不足を知りつつも訳してみることにしました。『変容』とはまた違った難しさがあり、大変困難ですが、細々と放棄することなく続けたいと思います(他のも放棄したわけではありません)。

    邦訳をお持ちの方は、後年のシオランが何を嫌って何を残そうとし、残したものでも何を書き直したのか、など比較されると面白いかと思います。


    涙と聖者


     私は涙がどこから来るのかを知りたいと思い、聖者のもとに行きついた。涙の苦い輝きは彼らのせいであろうか、誰が知っていよう。しかし涙は彼らの痕跡であるように思われる。涙は聖者たちによって世界に到来したのではない。だが聖者たちがいなければ、われわれは楽園の郷愁を知らなかっただろう。私は大地に飲み込まれた一粒の涙を見たい……すべての涙はわれわれには知られない道を介して上方へと昇ってゆく。涙の前に存在するのは苦しみだけだ。聖者は涙を復権させたにすぎない。

     認識によって聖者に近づくことはできない。われわれの奥深くに眠っている涙を目覚めさせ、涙を通して知るときにのみ、われわれは一人の人がいかにして人でありえたかを、そしていかにして人でなくなったかを理解するのである。

     聖性それ自体は興味深いものではない。聖者たちのが興味深いものなのだ。それは一人の人間が自らを放棄し、聖性の道を選ぶ旅程である。しかしその旅は聖者伝作家になる旅であろうか。聖者たちの痕を辿り、足の裏を彼らの涙で濡らす……。

     ルーミーは言った。「バイオリンの音色は、楽園の扉が開く音である」。
     ならば天使の溜息に比しうるものはなんであろうか。

     リルケの詩のなかで嘆く盲目の女にどう答えればいいのだろう。「私はもうこの空の下で生きていたくない」。地の下で生きることもないと言えば、彼女は慰められるだろうか。

     多くの聖者は――とくに多くの聖女は――イエスの心の臓に自らの頭を休ませたいという欲求を告白した。なぜ救い主の心臓が二千年間鼓動をやめることがなかったのか、今や私は理解する。神よ、あなたは聖者たちの血で自らの心臓を養い、彼らの額の汗で心臓を浸したのだ!
     世界は錯乱のなかで創造される。というのもそれを除けば、すべては妄想であるからだ。
     聖テレサは、イエスが彼女の前に婚約者として姿を現し、神聖な合一の証しとしてアメジストの指輪を与えた日、修道院の庭を走り回り、恍惚になって踊り始め、太鼓を叩いて喜びと熱狂をともにするために修道女たちを呼び集めたが、この聖女と結びついていないと感じることがどうしてありうるだろうか。あの瞬間、エクスタシーの神的曖昧として、燃えさかる大空の詩が高揚したのだ。

     Vivo sin vivir in mi
     Porque tal vida espero
     Que muero porque no muero...

     6歳のときに殉教者伝を読み、彼女の心は繰り返される叫びに唯一の答えを見出した。「永遠よ!永遠よ!」。そして彼女はムーア人のもとに赴き、彼らを改宗させ、自らの命を危険にさらそうと決めた。この欲求を満たすことはできなかったが、彼女の火は燃え立つばかりで、彼女がその魂の火を灯してから、今日にいたるまでもその魂の火は消えていない。

     聖女からの罪深い口づけのためならば、私はゆりかごを受け入れるようにペストも受け入れるだろう。どんなテレサやカテリーナが私を天空とともに抱擁してくれるのか。

     ジェノヴァのカテリーナはエクスタシーの最中に言った。「もし私の感じているものの一滴さえ地獄に落ちたなら、地獄は即座に永遠の生に変わるだろう」。
     ……そして私の魂はその一滴を無我夢中で待っている。それを手に入れるために、目的地を変える必要はないだろう……。

     いつか、聖者の涙のなかに自分の姿を映すほど純粋になることができるだろうか。

     同じ時代に多くの聖者たちがともに存在することができたというのは不思議なことだ。私は彼らの出会いを思い浮かべてみようとするが、情熱と想像力が働かない。聖テレサは、52歳のとき、高名で称賛されていて、その彼女がメディーナ・デル・カンポで25歳の十字架の聖ヨハネと出会った。彼は無名だが情熱的だった。スペインの神秘主義は人間の歴史のなかの神聖な瞬間である。
     聖者たちの対話? それを書けるのは、純潔の魂を持ったシェイクスピアか天上のシベリアに追放されたドストエフスキーくらいのものだろう。私はといえば、一生聖者の周りを彷徨することだろう。
     おそらくルーミーほど音楽と踊りを神へといたる道にした者はだれもいない。この聖者はずっと昔から称賛者が絶えなかった。彼とシャムスッディーン――知恵を持つ夢想家、無名の巡礼者、無教養で奇妙で独創的な人物――との出会いは、不思議な魅力をもっている。彼らは知り合った後、コニアのルーミーの家に三ヶ月間閉じこもり、その間一度も外にでることはなかった。私にはそこで全てが語られたのだろうという確信がある。当時、人間は秘密を持ち合わせていた。人は好きなときに神に話しかけることができた。そして神は君の溜息を自らの無のなかに埋葬した。われわれのやるせなさは、もはや話かける相手を誰も持たないということだ。われわれは死すべき者の孤独を告白するにいたった。この世界はかつては神のなかにあったに違いない。歴史は二つの部分に分かれる。以前人間は、神性の震える無のなかに惹きつけられていると感じていた。今日、世界の無は神の息を奪われている。
     音楽は私に神に対するあまりにも大きい勇気を与えた。ここに東洋の神秘家たちと私を隔てるものがある……。

     最後の審判において裁かれるのはただ涙だけだろう。

     イエスの心臓はキリスト教徒の枕だった。ああ!そこで眠ることを望んだあの神秘家たちを理解するにはどうすればいいのか……しかし懐疑も私をイエスの心臓の影から離れさせることはできない。私の唯一の隠れ家は空の影だ。
     心臓の象徴はそれにとって世界に等しいと感じなかった者は、聖性を理解していない。世界としての心臓――宇宙的次元としてのその広がり――が聖性のより深い意味である。すべてのものは心臓において生じる、ここに神秘主義と聖性が意味するものがある。ただし人間の心臓を考えるべきではなく、聖者の心臓を考えるべきなのだ。

     聖性は変容した生理学である。更に言えば、神聖な生理学である。その機能の全ては空へと向かう……聖性のオブセッションの一つは血である。血の重要性は魂の宇宙的ヴィジョンにだけではなく、聖者たちが血とともに行った長い闘争にも由来する。というのも、聖性は血に対する勝利である一方、地上との結びつきを絶ったあと、血を自らと同じ次元に高めるからである。イエスの純化された血は聖者の浴であり杯であった。それゆえ、シエナのカテリーナの最期の言葉が、深い意味を持ってくるのである。「おお血よ、血よ!」。彼女自身、救世主の血の「効用」について語っていた。

     神秘家と聖者の違い。神秘家はただ内的ヴィジョンにとどまる。聖者はそのヴィジョンを実践的に実現する。聖性は神秘家の帰結を、とくにその倫理的帰結を受ける。一人の聖者は神秘家であるが、神秘家は聖者でないこともある。慈愛(カリタス)は決まって神秘家の属性であるというわけではない。しかし慈愛を持たない聖者というのは考えられない。神秘主義と倫理学は、超人間的な次元に移されると、聖性というわれわれを眩惑する現象を生み出す。神秘家は天空の感覚のなかで、円天井の接線(タンジェント)から生まれる快楽のなかで自足する。聖者だけが他者の苦難を、見知らぬ者の苦しみを背負い、彼らだけが現実に干渉する。純粋な神秘家に比べれば、聖者は政治家である。神秘家と近接しているのに、聖者は人間のなかでもっとも活動的である。それにもかかわらず、聖者たちの落ち着かない生は聖者伝作成の障害とならない、というのも彼らの活動はただ一つの線でしか展開しないからだ。多様であっても、一つのモチーフが貫いている。それは唯一の次元での絶対的情熱(受難)なのである。

     「神秘家というものは、人が黙っている秘密をその人に話してしまうような人間である」。(私はこの定義を行ったという偉大な東洋人が誰なのか知らない)。

     いかなる聖者にあっても、マルグリット・アラコクにおいてより、イエスの心臓の崇拝が目もくらむほどの見事なヴィジョンとなったことはなかった。イエスが彼女の前に現れ、自らの心臓を示したあと、彼女は、全てを覆い尽くす炎のような抗しがたい高揚と、イエスの心臓を破壊から恩寵の奔流によって救おうという欲求にかられ、言った。「神は私の心臓を望んだ。私はそれを神が抜き取ってくれるよう願った。神はそれを行い、私の心臓を自らの心臓のなかに置き、私は、神の心臓のなかで、私の心臓を、燃え立つ竈のなかで焼かれる小さな原子のように見た。そこから心臓のかたちをした燃える炎のようなそれを抜き取り、最初に抜き取られた場所に再び置いた」。ここにこそ心臓が最後に行きつく場所がある。イエスの心臓のなかである。
     空は心臓の妄想にとって唯一の限界である。なぜ聖者たちは空においてのみとどまるのだろうか。それは聖性とはあの心臓の妄想の別名であるからだ。

     目は何も見ない。それゆえ私は、自分は心を通して見るのだと言ったカタリーナ・エメリヒのことがあまりにもよく分かる。心こそ聖者たちの目である。ならば、視野を知覚のなかに埋没させてしまうわれわれよりも、聖者が多くのことを見ることになんの疑いがあろうか。目は限定された領域である。目はつねに外を見ている。しかし心の中の世界においては、内観は認識の唯一の手段である。心の視覚的領域?世界プラス神プラス無。それですべてだ。
     目はものを大きくさせることができる。しかし心の中ではすべてが大きい。私は世界の美も聖者たちも自分を慰めることができないと嘆いたマクデブルグのメヒティルトのことがわかる。それができるのはイエスのみ、イエスの心のみである。いかなる神秘家も聖者も目を必要としない。彼らは世界を眺めているのではない。それゆえ、彼らにとって心こそが視覚の器官なのである……。

     音楽や図書館と同様に、聖者たちのもとへ度々赴くことは、性から離脱させる。本能はどこかほかの世界のために奉仕しはじめる。聖性に反抗しているかぎり、人は健康である。本能の自然の方向は生の地平と同一である。
     天空の帝国は生の空虚において拡がっていく。生物学的中性、あるいは生命力ゼロが天空の帝国主義の目標である。
     生はその自然な方向を失うとき、別の方向を探す。それゆえなぜ空の青があれほど長く、彷徨の唯一の場所であったのか、納得がいくというものだ…。
     どうして音楽はわれわれの血を吸うのだろう?あのトーン、魂がふるえながらわれわれに分け与えられるあのトーンは、空虚へと消える、参与の際のわれわれのエネルギーとともに。そしてその後に何ものかが残っている――人は支えなしに空間のなかで生きることはできない。しかし音楽がわれわれから完全に奪うのはその支えなのだ。唯一の慰めの音楽、それさえも肉体の抵抗と介入が奪われるときに、われわれは音楽を全面的に理解するだろう。それゆえ音楽は、禁欲の音が響く道である。バッハのあとで、まだ愛することが可能だろうか? その地上からの離脱が空の香りを帯びていないヘンデルでさえも? 音楽とは悦ばしき墓場である。至福がわれわれを埋葬する……。
     聖性もわれわれから血を吸い取る。われわれが空を求めていればいるほど血は失われていく。空の道には放浪した本能が彷徨っている。この彷徨から空が生まれたのだ……。
     
     ルーミーは心の五つの感覚について語っている。ここにすべての神秘主義の認識論がある。エクスタシーとは、神秘的認識の最高の表現であろうか? それらすべての感覚は炎のなかで溶ける。
     
     神よ、あなたがいないと私は気が狂いそうです、あなたといても私は気が狂いそうです!

     どうして天使は冷たいのだろう。彼らは性を持っていないからだろうか。おそらく。そしてまた彼らは太陽の彼方にいるからだ。ここにこそ聖者が熱い血を持っていない理由がある。血それ自体が熱いのではなく、苦痛が心臓を沸騰させるのである。苦痛があれば、熱を得るのに太陽を必要としないからだ。

     聖者をつまらなくさせるのはその人類愛である。この徳目はほとんどなにも述べず、伝記上の「徳」に欠けている。愛のことならば、神を前にしてはわれわれは一人残らず凡庸である。見えるものはすべて憎まれるに値する、ここに神の優位性がある。
     もし聖者の生において、あれほどあった愛が存在しないとしたら、われわれの愛に値するのは彼らだけだろう。愛の絶対性は彼らを不完全なものにする。聖者たちのなかで、苦悩それ自体を求めさまよう苦悩を知らず、絶えず愛のなかで行動していた者は、無味乾燥さに損なわれており、天空の光の反射とて、もはやそれを活気づけることはできない。慈悲と信仰それ自体は聖者の卓越性を構成しない。フランシスコ・サレジオのような者はあまりにも「公式」の聖者でありすぎる。アッシジのフランチェスコにいたるまでも、このような凡庸性を免れることはできない。
     愛は聖者たちの共通の場である。もし彼らの涙と溜息がなければ、彼らの愛の山塊に興味や執着を見出すのは難しい。

     少しでも聖女たちを愛した者はイエスを嫉妬しないではいられない。他人の愛人を愛したところでなんになる?あれほどの恍惚と抱擁のあとで、どうして彼女たちがわれわれに口づけを与えてくれるというのだろう。聖女たちの微笑に、われわれは希望を失う……なぜなら、彼女たちの心のなかで最初の位置を占めるのはイエスだから。
     もし苦悩の快楽というものが聖性の秘密を構成しているのでないなら、聖性は中世のどこか知らぬ地方の街の政治的陰謀ほどの興味も惹かないだろう。苦悩は人間の唯一の伝記である。苦悩の快楽が聖性のそれであるように。
     聖者であること、それは苦しみの無限の可能性においていかなる機会も逃さないこと。
     リマのローサは、ピサロの罪を償うために南アメリカに生まれたように思われる。彼女は苦しみの使命というものの例である。若く美しかった彼女は、世俗の世界にとどまってほしいという母の願いを斥けることができなかった。そして彼女はある「妥協」を見つけた。頭の上に乗せた花の冠に、額を絶えず突き刺すように針をつけたのである。このようにして、彼女は共同体のなかで孤独になるという願いを満足させたのだった。世俗の世界の誘惑は苦しみによって打ち克たれる。パスカルの(内側に釘が刺さった)ベルトは苦悶の歴史の伝統の継続以外のなにものでもない(それゆえ彼は、聖列されざる聖者である)。
     リマのローサの冠の釘は、誰のために仕付けられたのだろう? 空の恋人がまた犠牲者を新たに作ったのだ。イエスは苦しみのドン・フアンであった。
     聖性とは天空のヒステリーからなる生の否定である。そして実際生はどうやって否定されるのか? 絶え間ない明晰性によって。そこから眠りのほとんど完全な廃棄が出て来る。リマのローサは毎夜二時間以上眠らず、眠気が彼女を征服しにくると、自室に据えた十字架に自らをかけるか、あるいは釘で髪を固定して身体を垂直に保ったものであった。
     聖性は特殊な狂気である。というのも、死すべき者の狂気が、信じられないほど無益な行為、しかも同時にきわめて興味深く情熱をかきたてる行為のうちで消耗し尽くすのに対して、聖者の狂気とは、すべてを勝ち取ろうとする意識的な努力であるからだ。イエスと競い合う聖者たちの過剰さはゴルゴタを日常的に再現する――何世紀ものキリスト教の時代によってより洗練された苦悶を付け加えながら。
     キリストのいばらの冠は、聖者たちのまねびによって、いくつかの治癒不可能な病よりも人間のなかに苦悩を引き起こした。いずれにしてもイエスは聖者たちの治らぬ病であった。リマのローサは、ベールの下に釘の冠を被り、少しでも動くと釘が彼女を苛んだ。伝えられているところによれば、彼女の父が偶然彼女の頭に触れた瞬間、この意図せざる接触によって出来た傷から血が奔流のように流れ出したという。この聖女はしばしば、激しく疲労するまで大きな十字架をかかげているところを目撃された。それは天空の恋人のゴルゴタを、驚くべき強度で再現するためであった。
     これほどの苦悩の責任はイエスにある。彼の良心は、その間もはや生命の兆しを見せないほど、息苦しかったに違いない。率直に言えば、イエスは彼の後継者たちとの比較に耐えられない。この者たちにとって、イエスの天空の受難はウイルスとなった。彼は薔薇の贈り物のかわりに、いばらの冠をわれわれに与えた。イエスの犯した罪より大きい罪を私は知らない。

     聖性に長期にわたってかかずらっていると、回復するまで何年もかかるということになる。そうなれば、どこか他の空の下で悲しみを散歩させたい、違う青空の下で凝固したいという欲求が君を襲う。聖性の無限なるものは、反動作用として、空間の欲求を増大させる。草原の緑の上で広がりたい、高さという先入見を持たずに空を眺めたいと君は思うようになるだろう。異教が現れるものの深さであるのに対して、聖性は深さの病である。

    「私は涙と音楽とを区別することが出来ない」(ニーチェ)。この言葉を即座に理解しなかった者は、音楽と一瞬も親しんでこなかったことになる。涙の音楽以外私は音楽を知らない。なぜなら音楽は、楽園の郷愁に由来し、この郷愁のしるしを、涙を生み出すからだ。

     シエナのカテリーナは、聖餐の食物だけで自らを養うのに充分だった。彼女が自らの背後に天空を持っていた以上、たやすいことだった。エクスタシーは地上の実りを破壊する。彼女は聖餐のさいに空をその身に飲み込んでいた。敬虔な者にとって、聖餐という空の無限小でさえも、この世の、地上の食物よりも栄養があるのだ。なぜ空の高みは食事の放棄を望むのだろう? そしてなぜ詩人、音楽家、神秘家そして聖者は、それぞれ違ったかたちで、禁欲を利用するのだろう? 意志による飢えは天空への道である。それに比べ貧困による飢えは、地上の犯罪である。空の飢えへと私が眼を戻すとき、その飢えは心の方向を支えとして持つだろう。

     聖性は考えうるかぎりもっとも常軌を逸した現象であり、もし聖性の対象が実際に効果的な価値を持つならば、神性までも越えることだろう。あらゆる聖者たちの、死すべき者の苦悩と罪とを一身に受けようという情熱的欲求は知られている。この意味で引用できない感嘆と無限の慈悲がとれほどあるというのだろう。しかし客観的にいえば、他者の苦渋と苦悩からなにが減るというのか? 慰めの能力を除いては、聖者たちの努力は役に立たない。彼らの愛の実践的実現は記念碑的な幻想の次元を越えない。他者のために苦しむことはできないのだ。君の苦しみを倍にしたとて、隣人の苦しみが実際に和らげられるだろうか。もし聖者たちがこのあまりに単純なことをはっきりと見通していたならば、彼らは政治家になっていただろう。すなわち政治家は現れ(外見)に恥といったものをもはや覚えないのだ。彼らは行いたいと望み、現実を変えたいと望み、実際に変化させたいと望むんでいるようにみえる。彼らは現実に対する政治的立場を持っている、現れるもの以外変えることはできないと。しかし聖者たちは現れに対して恥を覚えるような政治家である。それゆえ彼らは自分から物質を、空間を、彼らの改革的行動のために取り上げるのである。苦悩と現れを同時に愛することはできない。現れるものの使命とは、われわれを生に結びつけることである。それはわれわれを聖性から引き離し、聖性から逃れさせてくれる。

    「わたしはいままで、充分に苦しんだと感じさせてくれる苦悩を一度も感じたことがない」(マルグリット・マリー・アラコク)。苦悩の貪欲さの古典的定式。
     優しい悲しみほど豊かでない状態はない。それは霊感の否定である。すべては悲しみの「度合い」に、悲しみの振動の頻繁さにかかっている。あるレベルでは、悲しみは詩的に、またあるレベルでは、音楽的に、そして究極の表れとしては、宗教的になる。このように、詩人の悲しみ、音楽家の、聖者の悲しみが存在する。詩人と音楽家のもとにあっては、悲しみは心より出で、世界の周りを回ったあと、エコーのように自分自身へ帰ってくる。聖者の悲しみは心全体から発出するが、しかし神のなかに止まり、神のなかの囚人になりたいという、いかなる聖者たちも持つ隠された欲求を満足させるのである。

     キリスト教的愉悦とテロルのもとでは、人間は完徳という利得でしか呼吸ができない。完徳以外のなにものも否定的価値しか持たない。13世紀初頭まで、人間の完徳についての「概論」が大量に生産されたものであった。聖性への道のなかばで止まってしまったほとんどすべての人間が、慰めのために、そのような概論を書いていた。それゆえ、諸世紀を通じて完徳は挫折した聖者たちのオブセッションであった。成功した者たちはもはやそれにかかずらわなかった、それを持っていたからだ
     最近の諸世紀は、無視にいたるまで態度を変化させ、完徳という現象を、全面的な不信と、明らかに軽蔑のニュアンスを示しながら眺めている。近代人にとって、完徳ほど大きな恥は存在しない。あれほど多くのものが運命を悲劇にしたので、近代人は楽園の郷愁に打ち克ち、完徳の憧れを必要ないものとして無言で打ち捨てた。他の時代は聖者たちを生み、そして人々は彼らを誇りとしていた。われわれはもはや「評価」することしかできない。われわれとて彼らを愛していると考えることはある。しかしそれはつねに束の間に彼らと親しくなるだけの、われわれの弱さ以上のものではないのだった。

     一方で地上のすべての聖者がおり、彼らの心が天と地の間を放浪する炎であるとしたら、そして他方には、愚かさとメランコリーの間で石化し、悲しみと狂気の皇帝、ネロがいるとしたら――私はネロに私の心を露わにしたいが、どんな声が私にそうさせるというのだろう。ネロの倦怠はキリスト者たちの天空の渇望より広大だった。ローマの大火にいたるまでも彼には凡庸にみえた。倦怠は狂気を生んだ――あるいはその反対だろうか。ネロは一人の憂鬱者だった。でなければ、なぜ彼は音楽を愛したというのか。この男の運命は感動的である。全世界がこの男を愚弄したが、彼らは唯一の免罪の余地、リラの竪琴を忘れていた。
     
     君が死の感情とともに生き始めるとき、君には時間の前進が生誕への道に、逆さまの流れのように思えてくるようになる。それは生の段階の再獲得と再建のプロセスのようだ。死に、生き、苦しみ、そして生まれる。これがこの逆さまの発展の契機である。――あるいはそれは死の廃墟の上で生まれる異なる生だろうか?君が君のなかで死を知ったあとでは、愛し、苦しみ、そして再生する必要性を感じるだろう。死を通り過ぎたあとのほかに、異なる生というのは存在しない。それゆえ変容というのはあれほど稀なのである。

     聖者は炎のなかで生きる。賢者は炎のそばで生きる。

     ベートーヴェンは悲しみの誘惑にあまりにも抵抗しすぎた。この禁欲が時折私を彼から遠ざける。ショパンあるいはシューマンは、ベートーヴェンと比べると、いくらか悲しみの悦楽を心得ていた。ベートーヴェンは悲しみとの戦いにおける意志の勝利の誇りを思わせる。彼がもっとも頻繁に経験したのは絶望であった。絶望とは世界との戦いにおける意志の傷ついた誇りである。同じく彼がもっとも経験したものは、ヨブが語る「まぶたの上の死の影」であった。

     まるで聖者たちが存在しないほうがすべてがよいかのようである。そうすればわれわれは、自分のことにだけ取り組み、自らの不完全さに陽気でいられただろうに。しかし聖者たちの存在は無用な劣等コンプレックスを、無用な軽蔑と妬みを創り上げた。聖者たちの世界はいってみれば天空の毒であり、その毒性はわれわれの孤独に応じて増大する。彼らは、苦悩がどこかに行きつくことができるという例をわれわれに示すことで、われわれを腐敗させなかっただろうか? われわれは目的なしに苦しむことに、無益の苦悩のなかで道を失うことに、自らの流血に自分を映すということに慣れてしまった。しかしわれわれはあまりにも悲しみを感じるべきではない。というのも苦悩は空にのみ導くわけではないからだ。
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    せみ

    Author:せみ
    ルーマニア哲学・思想を勉強しています。
    今年(2013年)もルーマニアに滞在する予定です。ご質問・ご要望等がございましたらお気軽に。

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